赤レンガのベヒシュタイン工場 輸入ピアノBECHSTEIN

ベヒシュタインその音色の美しさ

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10年ひと昔と言うから、むかーしむかしともひとつむかし半。
時は1989年2月であった。
東ドイツの中に壁で囲まれた西ベルリン。
このときには、その後の歴史の大きな動きを知るよしもなかったのであーる。

第3の工場と言われた、ライヒェンベルガー通りに赤レンガのベヒシュタインピアノ工場はあったのだ。
第1・第2の工場は東ベルリンに位置し、大戦ですべて破壊されたそうだ。
この工場は何とか無事ではあったが、工場には銃弾の痕や爆撃の影響で壊れている部分も残った歴史を感じさせる建物だった。

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出荷調整のマイスターの部屋から外をのぞいたら、また、ベヒシュタインピアノのロゴが見えた。
赤レンガとロゴのゴールド、窓枠のモスグリーン(当時のベヒシュタインのイメージカラー)の色合いがシックで歴史と伝統を感じさせた。
窓は二重ガラスで上部はフィックスだったと思う。
二重ガラスの外側は戦前のままのものもあった。銃弾の穴があいていたのだ。
当時のベルリンは西側だったとはいえ、特殊な都市だったのは間違いない。

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ベヒシュタインには各担当部署に責任者としてマイスター(親方)がいた。
木工のマイスター、整調のマイスター、調律整音のマイスターなどである。
当時のベヒシュタインピアノには技術マニュアルはなかった。
そのかわり、各部署の親方がOKをしないとピアノは次の部署には行かない。
各親方のOKをもらって仕上がったベヒシュタインピアノは、個性の違いはあっても、同じ方向性のベヒシュタイントーンを持っていた。
不思議でもあり、感動でもあった。
次の親方候補が10年以上の歳月をかけて、音やスキルを親方について学び受け継いでいくシステムだった。
ゆっくりとした時間の流れとじっくりとした技術伝承に心を打たれた。
写真は最終出荷調整マイスターの仕事部屋。ここでは、整音の実技研修だった。
2台のピアノはベヒシュタイングランドピアノM-180だったと思う。
余談だが、この人気機種は2003年に製造中止された。
当時ハンマーはアーベルが付いていた。
フェルトのきめが細かく、しっかりと絡み合っていて、とても良い印象が残っている。
アーベル社はレンナー社に勤めていた職人がよりよい品質のピアノハンマーを作りたくて独立、起業したメーカーだそうだ。

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西ベルリンには冷戦の不安もまだ存在した。 写真はブランデンブルグ門とベルリンの壁。
ブランデンブルグ門は東側だった。
ベルリンの壁は実際の国境線ではなく壁の1m手前が東西の国境だと聞いた。
西側から壁に触ることはできないことになっていた。
壁に近づくことは無断で国境を超えることだ。
それなのに、西側の壁は落書きでいっぱいだった。
研修の休日にチェックポイントチャーリー(東ドイツに歩いて入れる国境)から東ドイツに入ってみた。
東側の壁はできた当時のままの白とグレーのままだった。
小銃をもった兵士が壁には点在し、人影もほとんどなく、モノクロの物寂しい世界が広がった。
東ドイツの小型乗用車「トラバンテ」がさびしく1台青白い煙を吐きながら走っていった。

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ベルリンといえばカラヤン率いるベルリンフィルハーモニー。
当時のベルリンフィルハーモニーホールの写真だ。 手前の自動車が時代を感じさせる。
ベヒシュタインピアノ工場の招待で聴いたのはベートーヴェンのシンフォニーだったと思う。
ホールとベルリンフィルの響きは透明感があり、気品の高い音がダイレクトに私に届いてきた。
まるで大陸の大平原で演奏を聴いているような錯覚さえ覚えた。
ユーラシア大陸の大気を感じさせる超自然体の響きに心を奪われた。
ベヒシュタイントーンもまさしく同じ方向性だと直感した。

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ベルリンの地下鉄にベヒシュタインピアノ工場の案内があった。
詳しくはわからないが、ユーゲントシュティール時代のポスター画のデザインのようだった。
黄色とブルーのコントラストが鮮やかだった。

ベヒシュタインピアノ チェックポイントチャーリー
ここが当時の「チェックポイントチャーリー」国境線だ。
東ベルリンに歩いて入れた国境線だ。
当時(今もだが)片言のドイツ語で独りで行ったので、入国審査に手間取った。
50マルクを強制的に1:1で東ドイツマルクに交換させられた。
その後所持金の申告書を提出するらしかったが、説明がよくわからなかった。
一時間ぐらい粘っていたら、ついにあきれて入れてくれた。
すでに、この時期から規則が緩和されつつあったのかもしれない。
余談だが、当時のカメラは当然ながらデジタルはなくフィルム式であった。
日本から持って行っていたフィルムは既に撮影済。
この際だからと強制的に交換させられた東ドイツマルクでフィルムを東ベルリンで購入し多くの歴史的建造物や博物館の写真を撮って帰国したのだが・・・。
日本で現像しようとカメラ屋さんに持っていったら・・・。
「このフィルムの現像技術や薬品は戦前のもので、今の日本では不可能です・・・。」とのこと。
時間は止まっていたのだ。
さて、いよいよ当時のベヒシュタインピアノ工場の内部に潜入しよう。

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おっと、まず鉄の扉だ。 シックなモスグリーン(ベヒシュタインピアノのイメージカラー)に塗られたこの扉は開けるのも重かったっけ。
すべてが、ちょっと古めかしかったが、西ベルリンの特殊事情もあってか、戦前からのものを大事に使っていた。 ヨーロッパの建物は階段が広く吹き抜けがあり暗い。
また、中庭なども特徴だ。ベヒシュタインピアノ社にはビールの自販機がなかった。
ビール好きのドイツ人がなのに? その他のドイツのピアノ工場、たとえばザウターピアノ社等は、ビールの自動販売機くらいはある。なぜなかったか?
不思議に思ったので聞いてみた。
マイスターは多くを語らなかったが、こんな話をしてくれた。
以前、工場で働いていた見習いが今日は自分の誕生日だと言うことで、朝からビールを飲んでうかれていたらしい。
お酒が廻りすぎた彼は階段の4階から転落したそうだ。私はその話にあまりにびっくりしてその後どうなったかまでは聞けなかった。
その事件が、工場内禁酒のトリガーになったらしい。

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工場内、整調作業場はコンサートフリューゲルがいっぱいだった。
当時、キューバのピアニスト ホルヘ・ボレー氏(サイン)とベヒシュタインピアノ社がコンサートモデルを開発した直後だった。


サイズは奥行き280cm。   モデルはEN(Emperor Neu エンペラー・ノイ)新皇帝だ。
このモデルでボレーは数枚のCDを録音している。
中低音の分離のよさと高音部の透明感は、いままでの録音になかった新しい響きで驚いたっけ。

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ドイツの食事は質素であった。ドイツでおいしかったのはビールとソーセージ。
どこの案内書にも書いてあることだが、その通りだった。
ベヒシュタインピアノ工場での昼食は契約している弁当屋から配達されたもの。
予約弁当の値段に上と並があった。
並を注文していたので少々がっかりだった。
日本の食事は栄養のバランスを一回の食事ごとに考えて色とりどりだ。
しかし、ベヒシュタインピアノ工場での昼食は違った。どうも一週間で栄養バランスを考えているようだった。
ある日は全部ジャガイモ!!次の日は全部きゅうり!!そして次の日は全部ハンバーグ。
弁当箱の中が全部きゅうりの日は目が点になって、とても悲しくなったっけ。
杵淵直知さんの書簡集「ヨーロッパの音を求めて」で、心に残った言葉「味の素を送ってくれ!」「大々大至急、味の素を送ってもらいたい。」を思い出してしまった。

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写真はベヒシュタインピアノ工場の作業台だ。
これは比較的新しいものだった。このほかにも戦前から使用されている歴代の作業台もあった。
木工加工や接着、整調作業、整音作業など、あらゆるピアノの製作工程にも対応できるように出来ている。天板は分厚く非常に重い。

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ベヒシュタインピアノ新工場予定地の見学会の様子をパチリ。 確か、赤レンガのベヒシュタイン工場からは車で15分くらいのところだったと思う。
ニックスドルフ社のハイテクビルをベヒシュタインピアノ社長のシュルツェ氏が購入したとかで、工場の職人全員で下見に行った。
内部に入ると、それぞれのマイスターの陣取り合戦がすぐに始まって、舌戦がとても面白かった。
この場所はベルリンの壁のすぐ近く、つまり当時の国境線近くなので、人影も少なく治安もよろしくなかったようだ。
それゆえに地価もかなり安かったらしい。
その後、ベルリンの壁が崩壊し、なんと!この場所が統一ベルリンの一等地となってしまった。
地価高騰の波によってシュルツェ氏ベヒシュタインピアノ社の快進撃が始まるのだ。
しかし、このときは知るよしもなかったのであーる。

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ベヒシュタインピアノ社長のカール・シュルツェさん。 お互いに若かったなぁ。
この後、エネルギッシュな彼はドイツのピアノ造りに新旋風を巻き起こす事となる。
ホフマン社やツィンマーマン社を傘下に幅広い価格帯のピアノ制作を始めるのだ。
今日では、高値の華だったベヒシュタインピアノにアカデミーシリーズを投入し、より多くの方にベヒシュタイン・トーンをお届けできるようになった。

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ベヒシュタイン工場は朝7時からさっさと始まるのだった。
だから、冬場の朝はお星様を見ながらの出勤となる。
当時の西ベルリンの2月ごろは寒く、お星様も良く見えた。
もう忘れてしまったが、7時から2時間半位働いて10分朝休憩。 9時40分から2時間半働いて昼食だったと思う。
とにかく朝が長くしっかり働いた感じがした。
午後は3時に終了する。
ドイツ人時間の使い方がうまいよ。
朝休憩ですでに腹ペコになるので、ホテルから朝食のパンをこっそり持って来ていたっけ。
写真は整調のところにいた職人たち。名前は忘れてしまったなぁ。

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ホテル滞在中にお世話になったおかみさん ベヒシュタイン工場での朝休憩でどうしてもおなかがすいた私は、ホテルで出る朝食のパンをこっそり懐にしのばせる毎日だった。
しかし、悪いことは長続きしない。
ついにおかみさんに見つかることとなる。
カバンにパンを忍ばせていたところを見つかってしまった。
おかみさんが近寄ってきた!! 怒られると思いきや、これももって行けと別のパンをくれた。
ドキドキからほっとした瞬間だったなぁ。
面倒見の良い、とても暖かい、いい人だったよなぁ。

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ピアノ整調の大親方とパチリ!!
このマイスターがOKを出さない限り、工場のベヒシュタインピアノは次の仕上げセクションに行かない。
ピアノのタッチと音は相互関連性が高いのだ。
時代はまだ動き出す以前、ウィッペン(ピアノアクションの鍵盤とハンマーを連係する部品)はシュワンダー式だった。
指に当たりの良い奥行きのあるタッチを求めていらしたようだった。
そういえば、私が作業をしている隣では、トルコ系の力持ちのおっちゃんが仕上がったピアノの出荷梱包作業をやっていたっけ。
当時はまだダンボール梱包ではなく、もったいないほど立派な木枠梱包だったなぁ。
整調作業をしている私の肩を何も言わず突然グッとつかむ!
何事かと思いきや、梱包するグランドピアノの最終段階、ピアノを縦に起こす作業の手伝いをさせられた。
その後味をしめたおっちゃんには何度も招集されたっけなぁ。

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ベヒシュタインピアノの整音・調律部門の大親方、P.ヤマウチさん。 ベルリンのフィルハーモニーホールでベルフィルを聴いた直後のエントランスでのスナップだ。
手に持っているのはそこで購入したCDだ。
P.ヤマウチ・マイスターがレコーディング調律をしたのだった。
演奏家はホルへ・ボレー。 曲目はベートーヴェンの「皇帝」だったと思う。
ピアノはもちろんベヒシュタインピアノコンサートENモデルでオケはベルフィルだ。

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ここはベルリンフィルハーモニーの小ホール「カンマーザール」だ。
ピアノはベヒシュタイン モデルEN
とにかく、ベルリンの音、ベヒシュタインピアノの音の方向性を見つけたくて必死だったっけなぁ・・・

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写真は夕食会に招かれたときのもの。 右からC.シュルツェさん(ベヒシュタインピアノ社長)・L.トーマさん(ベヒシュタイン設計マイスター・当時)・P.ヤマウチさん(ベヒシュタインピアノ出荷調整マイスター)だ。
トーマさんは確か、スイス生まれ。
ヨーロッパが誇るピアノ設計の第一人者で、彼が発明したピアノのテンションを計測する計算尺はとても有名です。
トーマさんには若気の至りで、今思うといろいろと失礼なことも質問しまくったっけなぁ…本当にすいませんでした。
私が音作りで悩んでいると近寄ってきて、ヒントをくれたっけ。
とぉっても優しい人でした。

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