『ピアノ調律師』の『立ち位置と領分』   

『ピアノ調律師』の『立ち位置と領分』   
                                            

日本の古楽器界
ピアノのルーツ、チェンバロの技術者はピアノ調律を学び工房に入門して数年~十数年修行生活を送りその後独立する方が多いそうです。
そして、その方々の最終目標は一体何でしょうか?
それは自身がメーカーとなる事でしょう。
事実、修行した方々の多くは自身の名を冠したチェンバロを制作されています。
今日の日本は世界でも有数のチェンバロ王国と言われ、多くの古典楽器ファンがいらっしゃいます。
制作工房の数はトップクラスで、新旧含め多種多様なチェンバロ、スピネット、バージナル、クラヴィコード、フォルテピアノ等の古典楽器が日本には存在し演奏され続けています。

古典楽器技術者界オーソリティー と研修会でお話しする機会がありました。
彼は日本におけるチェンバロ復興の第一人者である、故『堀榮三』氏のチェンバロ工房で10年に上る内弟子修行を行いました。
しかし、多くの弟子の中でもトップクラスの才能を持ち努力家であった彼はなぜか製作者の道を歩みませんでした。
師匠の堀さんも修業を終えた彼に会うたび「君はいつになったら作り出すの?」と話されていたそうです。
理由の一つに心に残った言葉がありました。
「自分はチェンバロを作る事の喜びと共に大変な苦労や努力は充分に理解し、製作者の方々を尊敬しています。」
「それら精魂を傾けた多くの古典楽器が存在している中で、楽器本来のポテンシャルが必ずしも上手く引き出せていない事で、所有者が演奏での十分な喜びを享受されていない現状が多々あると感じ、それが残念でなりませんでした。」
「そのため、自分はチェンバロ界の『ピアノ調律師』を目指す事にしました。」

ご存知の通りチェンバロもピアノ同様、木と皮と羊毛と金属で作られています。
ピアノ以上にシンプルで繊細なだけに環境の影響を受けやすく、経年変化もより強く反応する事で、メンテナンスにおける技術力の違いがタッチや音、演奏表現に大きく作用するのは当然の事でしょう。

ピアノ史の黎明期
多くの先人たちが材料や構造、製造、調律の勉強をして、ピアノ調律師や専門店を営み、一部はメーカーを目指しました。
メーカーになるには、資金、人手、場所、部品そして長い時間の努力の積み重ねが必要になります。
そして、その存続には技術力や資本力のみならず時代の要請、生産力、宣伝力、販売力、神話、伝統、後継者育成等多岐にわたります。
優れたメーカーになるには人の一生では短いようで、ヨーロッパにおいて数百のブランドが生まれては消えていきました。
日本にも百を超えるブランドが存在した時代がありました。
それらのピアノもそれぞれの考えでより良い物を作ろうと日々努力して製作されてきた物です。

どれ一つとっても最初から変な物を作ろうとして出来上がった物はないと思います。
当時の知識と予算計画の中で技術を競いながら精一杯の努力と共に製作され、現在も日本中に沢山のピアノが存在し、使用され続けています。
そして、それぞれに個性、特性、経年変化、問題点や消耗、故障があるからこそ我々『ピアノ調律師』の出番があるのです。

調律師のルーツと立ち位置
チェンバロも含めて楽器の調律は演奏者自身が行うものでしたが、重厚長大になったピアノはかなりのエネルギーと時間がかかります。
演奏にエネルギーを集中したい事やピアノが複雑怪奇なブラックボックスとなった事も理由の一つでしょう。
よりよい状態に持っていくためには知識や経験と共に熟練された職人技も必要になりました。
奏者にとって調律は専門家に依頼する方がベターになりました。
また、初期のピアノにおいてはその構造を知り尽くしていた製作者やその弟子達が行いました。
19世紀にヨーロッパで謳歌を極めるピアノ界はその進化の過程でメーカーと販売調律部門が分岐しました。
20世紀にピアノバブルが起こったアメリカや日本では、『ピアノ調律師』がアフターフォローを行う専門職として確立されました。
我々『ピアノ調律師』は最小単位のスケール、つまり個人で販売店、修理店、調律事務所であり、ほとんどの仕事が行える理想的な職業と言えるのです。
それでも、独りでの仕事にはおのずと限界があるので情報交換、例えば部品工具の知識や入手方法、技術習得等同業者のネットワークがあってこそより良いメンテナンスが行えます。
各メーカーも研修生制度や養成所を作り、各種研修会等で優秀な技術者を生み育てる努力をして来ました。
そこで学んだ方々は恩返しも含めて出身メーカーの販売、メンテナンスを行う事で相互に恩恵を受けるようになりました。
加えて作業のイレギュラーが少なければ習得も早く、効率も上がる事でしょう。
技術者も人の子ですから、得意不得意な作業やブランドの好き嫌い、相性等が出てくるのは致しかたない事だと思います。
また世の常ですが、自社ブランドの品質保持の名のもとに情報や部品等の囲い込みを行うメーカーも現れました。
主要メーカーの力は絶大で絶対に近い時代があったのも事実でしょう。
単一色が強くなる事は他社メーカーを受け付けない、場合によってはブランド否定する事につながります。
しかし、独占は多くの分野で継続的な発展を阻害し、衰退を意味すると言われています。

JPTA(一般社団法人 日本ピアノ調律師協会)及びIAPBT(国際ピアノ製造技師調律師協会)初代会長、故『田中信男』氏は「満場一致は『ファッショ』につながる。」とよく仰っていました。
一つの意見や形にも良い面と悪い面が必ず共存します。
各メーカーの主張は重要で尊重しますが、メーカーの垣根を超えたメンバーの集うピアノ調律師協会を目指していらっしゃったのでしょう。
私自身が輸入メーカーの販売や技術に長年携わってきたので、それぞれの方々も仕事上での立場が存在するのは充分理解しています。
それは尊重した上で『ピアノ調律師』と名乗るならば、『志』はマイスターでいてほしいものです。

メーカーの威信
私たちはピアノ製作者の夢や希望、努力や苦労を十分に理解出来ます。
また、憧れや夢を持って購入された方々の思いを考えると、いかなるピアノにおいても欠点をあげつらって存在否定する立場ではないのです。
様々なブランドのピアノ一つ一つには特徴があり、他に無い魅力や工夫が感じられそれらを比較検討する作業経験はとても勉強になります。
様々な状況のピアノを末長く使用する為には、それぞれのメーカーを尊重、理解し、経年変化に対して臨機応変に対応出来る多くの『引き出し』を持った技術者の存在もなくてはならないものです。

近年、イタリア等においてブランドロゴの下にそれより大きく調律師の氏名を冠しているコンサートを見かけますが、いかがなものかと私は思います。
気持ちは理解出来ないでもないですが、おごり以外の何物でもなく、P.ファツィオリ氏の様に「文句があるなら1台でもいいから自分で造ってみたら・・・。」です。

我々ピアノ調律師は有史以来全ての『ブランド』や目の前にあるピアノに対し『畏敬と感謝』の念を抱くべきです。
だからと言ってメーカーが上で調律師が下とは思いません。
以前、グランドダンパーの研修会で日本メーカー出身の方と意見が食い違ったことがありました。
総上げ調整時はマイナスドライバーでのみ調整するべきで、私が持っていた特殊ペンチで挟み微調整する作業をいけないと一般的にご指導されているようでした。
理由はワイヤーの耐久性や無理やり動かすことによる傷によって後々不具合が出るとのことでした。
しかし、現実的にヨーロッパの製造現場では特殊ペンチは使用していますし、それによってワイヤーの耐久性やワイヤーの不具合で調整に問題が起こった事は経験上ありません。
ペンチを使用しない考え方を否定するつもりはありません。
ドライバーでのみ調整するべきとの考えはメーカーの指導方針としては必要な場合もあると思います。
メーカーはそれでいいのです。そうあるべきかもしれません。
しかし、我々調律師の現場は限られた時間の中で結果を出さなければなりません。
メーカーとは異なる優先順位や基準値の変更等、多くの裏技を持っている必要があります。
だからこそ、メーカーとピアノ調律師は『立ち位置と領分』が異なるそれぞれ必要とされて生まれ精進して来た対等な存在なのです。

日本の近未来
今の時代、ネットでは素晴らしい巨匠たちの演奏を気軽に楽しみ比較鑑賞出来るようになりました。
これからピアノ調律を希望するお客様は、よりピアノを愛し、ピアノに対する希望や要求がますます具体的になって行くに違いありません。
多様化する現代、奏者のみならずあらゆるメーカーに対して、しっかりと寄り添いながら自立した真の『ピアノ調律師』ならば引く手あまたになるのは間違いありません。
お客様と共に喜びを共有できる事で、楽しく幸せな未来が開けて行く事でしょう。
若いこれからの方々がうらやましい限りです。

『知の巨人』と言われたベルギー生まれのフランスの社会人類学者の故『クロード・レヴィ=ストロース』氏は大の日本ファンだったそうで、「日本とは恐ろしい国だ。多くの世界的伝統、文化や技術は日本でより洗練されて残っていく。」というような話をされていたそうです。
私はピアノ界もこれからそうなるような気がします。
故『河合滋』氏が提唱されたピアノ作りの原点である手作業の職人技『原器工程』を残そうとされる活動もその一つになるのかもしれません。製造のみならず、演奏家と真に密着した修理技術や調律技術でこれから世界を牽引して行く時代がそこまで来ていると感じます。

法治国家が認めたピアノ調律師協会
志を持って先人たちが立ち上げた現在の一般社団法人ピアノ調律師協会(ニッピ)は今や現存するピアノメーカーと同様に『文化的存在』なのです。
ニッピは選任された有志会員で運営されています。
協会員は『ピアノ調律師』の社会的、文化的地位を上げる努力の必要性と本来の『立ち位置』を充分理解し、その『プライド』として年会費を納めるのです。
『継続は力なり』 
『志』と『プライド』さえしっかり持っていれば技術は後からいくらでもついてきます。

文化を継承し伝えて行く感謝と義務を感じるプロの調律師ならば、その意味(価値観・技術・伝統)を理解賛同してニッピに入会し、各種行事に参加する事で、バトンを受け次の世代、またその次へと末永く繋げる喜びを体感出来るのです。
ニッピ協会員は会のメリットを求める事も必要でしょうが、自身のプライドと未来への投資としての参加を考えるとより大きな意義を感じるでしょう。
明治大正昭和初期の諸先輩方に感謝して今後の若い方々に期待します。

ピアノはだれのためにあるのでしょう
ピアノは『聴く人』がいたから生まれたのでしょう。
この歴史ある、多くの部品からなる、繊細で、とっても重たい精密機械で、心に響く音を奏で、世界中の人々に親しまれているピアノという楽器は、山や森から大自然の恵みがあって、『作る人』や『修復する人』がいて、『売買する人』がいて、『運ぶ人』がいて、ピアノの『部屋を作る人』がいて、『空間を維持管理する人』がいる。
そして、『楽曲を作る人』『弾く人』がいて、『ピアノ調律師』が生まれた。そして、『聴く人』に届く訳です。
ピアノは伝統文化そのものであり、それぞれの連携から生まれる感動と喜びの世界があります。
我々『ピアノ調律師』は、大自然の恵みにと製造者に感謝すると共に、ピアノそれぞれの歴史や特性を理解して、魅力を伝え続けることが本命なのでしょうね。
その目的と立ち位置を忘れることなく日々の作業を進めていきたいものです。

「目の前にあるピアノが集大成で、一番の先生です。」「いろいろ『癖が強い』先生にも学んでみましょう。」
「学んできた基礎や基本を大切にして、これからはご自身の感性、耳を信じて1台1台ピアノを観て自分の頭で考えて作業してみたらいかがでしょう。」

音楽の世界は『解』が一つでないのは明らかです。一つの考え方としてご参考にしていただければ幸いです。

 2023年3月
 一般社団法人 ピアノ調律師協会員 ピアノパッサージュ株式会社 尾崎正浩 

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